写真で綴る地中海の旅 journey

2019.04.17

イフ城(フランス)

地中海世界の〈城〉3:イフ城/加藤 玄

イフ島はマルセイユ沖約1. 5キロメートルに位置し,ラトノー島やポメーグ島などとともにフリウル諸島を構成する。城の建設以前にも,この島はインドサイに関するエピソードで知られていた。この動物は,グジャラート・スルターン朝ムザッファル・シャー2世からポルトガル領インド総督アフォンソ・デ・アルブケルケに贈られたものであった。生きたサイがヨーロッパに持ち込まれたのは古代ローマ時代以降初めてで,本国に送られたサイは大評判となり,デューラーの有名な木版画のモデルにもなったと言われる。ポルトガル王マヌエル1世は,教皇レオ10世への寄進の品にこの珍獣を選んだ。このサイを載せたポルトガル船は,1516年1月にマルセイユ沖を通過する際,近くで巡礼中のフランス王フランソワ1世の求めに応じ,イフ島に寄港した。数週間の滞在中に多くのマルセイユ市民がサイ見物に訪れたという。

1481年の併合以来,マルセイユはフランス王国にとって地中海で最重要の港町である。沿岸部の防衛網構築の必要性を痛感したフランソワ1世の命令で,イフ城はマルセイユ最初の要塞として建造されることになった。築城工事は悪天候で着工が遅れ,1529年4月中旬にようやく始まった。竣工の正確な日付は不明なものの,1531年から要塞司令官と守備隊の駐留が確認できる。

イフ城と島は内岸壁によって囲まれている。城自体は3層構造で各辺28メートルの正方形プランを持ち,1階に客間と厨房,2階に掩体を備える。三方の角には海を監視する3本の円塔を配し,北西部のサン・クリストフ塔が22メートルで最も高い。北東部のサン・ジョーム塔と南東部のモゴヴェール塔を加えた3塔は2層の幅の広いテラスによって連結されており,大砲が据え付けられ,城の防備をより強固なものとしている。

18世紀以降,この城は,要塞としてよりも,むしろ監獄として用いられた。1階の監房の衛生状態は劣悪であり,雑居する囚人たちの平均余命は9ヶ月であったという。もっとも,懐次第で,2階の特別牢「ピアストル」を借りることもできた。この呼び名は,1ヶ月の賃料である1ピアストルに由来する。この監房は広々として,窓や暖炉が付いていた。イフ城には,ナント王令廃止以降のユグノーや,政治犯などが多数収監された。若き日のミラボー伯爵や革命家ブランキと並ぶ「最も著名な囚人」は,アレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』の主人公エドモン・ダンテスであろう。彼が無実の罪で投獄される場面におけるイフ城は,「その怪奇な姿,周囲に深い恐怖を漂わしたこの牢獄,300年来,陰惨な伝説によってマルセイユを有名にしてきたこの城塞(山内義雄訳)」と描写される。良く知られているように,彼は14年間の幽閉生活の末,ついに脱獄して,囚人仲間のファリア神父から在処を教えられた財宝を元に,自らを陥れた敵たちへの復讐を果たすのである。

同書は『三銃士』とともに私の愛読書である。一昨年夏,史料調査の合間にイフ城を訪ねようと,マルセイユの旧港からイフ島を経由してフリウル港へ向かう水上バスにいそいそと乗り込んだ。が,天気晴朗なれども波高し。イフ島には上陸できず,そのまま真横を素通りすることとなった。船上から撮影した表紙の写真には,囚人たちだけでなく,私の無念の想いも込められている。

*地中海学会月報 398号より