写真で綴る地中海の旅 journey

2019.04.17

ウードとリーシャ

地中海世界の〈道具〉20:ウードとリーシャ /松田 嘉子

アラブ諸国をはじめトルコ,ギリシアなど地中海を囲む広大な地域で用いられる,アラブ古典音楽の代表的な弦楽器ウード。短い棹と大きく折れ曲がった糸倉,膨らんだ胴といった形状を持ち,表面板の響孔には透かし彫りの装飾をほどこすのが伝統的。フレットのない指板には複弦(1コースを同じ音程で2本ずつ)を張る。

ウマイア朝やアッバース朝の宮廷で,ウードは歌の伴奏や合奏だけでなく,音楽楽理を研究する際の基準の楽器として用いられ,ウード奏者は演奏家としても音楽理論家としても活躍した。アンダルス(イベリア半島)を経てヨーロッパに伝えられ,リュートの原型となる。

ウードは時代とともに変化し,地域ごとの音楽の特性や違いを反映しながら現代まで絶えず使われてきた。膨らんだ背面は12~20枚の細長いクルミ材やカエデ材を寄せ木で作り,指板には黒檀,表面板には白木など実に様々な種類の木を用いる。弦の素材は,昔は絹糸や羊腸であったが,現代ではナイロン弦と銀や銅の巻弦を張る。今日では5コースないし6コースが標準的で,技巧派の演奏家の中には7コースのウードを奏する人もいる。調弦の種類も複数あり,弦長とそれにもとづくボディの大きさ,響孔の数や意匠も様々で,一般にトルコ製のウードはアラブ圏で作られるものよりやや小ぶりである。

以上はいわゆる「オリエンタル・ウード」の特徴だが,チュニジアには4コースの「ウード・アルビー」もあり,独特の調弦法と奏法,音色を持っていて,アンダルス由来の伝統音楽の演奏に向いている。

このように多種多様で個性に富む楽器がウードだが,その弦を鳴らして音を作るための大事な道具が「撥(ばち)」である。アラビア語ではリーシャと呼ぶ。12,13センチほどの細長いものだが,ウードはこの撥によって明るい高音から重厚な低音までみずみずしく豊かな音を奏で,時にパーカッシブなリズムを打ち出し,時に繊細なトレモロを続けることもできる。演奏家の表現力に富む巧みな撥使いは聴衆から高く評価され,演奏の美学と個性を担っている。

高名な音楽家ズリヤーブ(9世紀)が,木の撥に代えて,鷲の羽軸を加工して撥を作ったと伝えられている。今では考えられないが1990年代までは鷲の羽がどうにか入手できて,私も数本作り使っていたことがある。チュニジアのウードの師匠アリ・スリティがそうしていたのを真似て,パラフィン・オイルに時々浸して使いこむと,表面が滑らかになって弾きやすくなった。

他にはガゼルの角製など自然の素材の撥をまだ楽器店で売っていることもあるが,今時一般に普及して実用的なのは何の変哲もないけれどプラスティック製の撥である。厚み,幅,先端の形状,硬さやしなり具合などが演奏に微妙に影響するので,ウード奏者は良い楽器を手に入れるのと同様に,自分の好みのリーシャを見つけたり細工したりすることに常々心を砕いている。

写真は,筆者のオリエンタル・ウード(アリ・スリティとアブデルハミッド・ハッダード製作,チュニジア製)とリーシャのいくつか。パラフィン・オイルの瓶。

*地中海学会月報 395号より